2023-03-27
少し遠出したトコにある銭湯に通っていた。
魔法の銭湯だった。
死んだ父親に会える鏡があるのだ。
正確には、その鏡で見る自分の顔が、父親にそっくりなのだ。
どこの鏡でも起きる現象ではない、この銭湯の鏡だけだった。
自分なりに解析するに
風呂上がりでいつもと髪型が違う
風呂上がりで顔がふっくらしている
風呂上がりで眼鏡かけてない
鏡周辺の照明の当たり加減
それらすべての相乗効果なのだと思う。
とにかく、鏡を見ると父親の面影が自分の中にあるのは嬉しかった。
――冬の間は遠ざかっていたその魔法の銭湯に、久々に行ってみた。
風呂上がり、だが、鏡の中に父親はいなかった。
理由は数秒でわかった。
照明がLEDに付け替えられていたのだ。
明るく白く省エネの、何もかもクッキリ明確に照らし出すLEDの下では、錯覚なんて起きやしない。
――ああ、こんなことなら、もっとこの銭湯に通っておくんだった。
いつだってそうだ。
いつまでもあると思って大事にしなかったものは、ある日突然、奪われる。
また、この世界から、大事なものが一つ消えた夜のことだった。