小説のネタに出来ないかと良からぬ企みを抱えてこの日誌を覗いてみた。ストレスにより極限へ近づきつつある人々から発せられる言葉、興味深い内容が沢山書かれていてとても参考になる。気分はさながら地獄変の良秀。
ふと芥川龍之介がこの現代に生きていたら、どんな文章を書いていたのだろうと考えた。wikiを調べたら、「1923年の震災後、吉原遊廓付近へ芥川と一緒に死骸を見物しに出かけた川端康成によると、芥川は悲惨な光景のなかを快活に飛ぶように歩いていたという」と書いてあった。
今なら「不謹慎だ!」と罵られるだろうな。でも私はそういった怒りに駆られるよりも、妙な脱力感というか引っかかていた物がストンと腑に落ちた気がする。
皆さんは、小動物の死体を見た事があるでしょうか。カエルでも鳥でも蟹でも構いません、いつ見たかが重要なのです。そう、例えば子供の頃とか。貴方がもし子供の頃に動物の死体を見ていたとするなら、貴方はその死体に対してどんな行動を取りましたか?
死体をつつく、埋める、川に投げ捨てる、観察する。それか見なかった事にして忘れる、無力感の中立ち去る、とてつもない恐怖に襲われ逃げる、動物の命を奪った者へ憤る。別に善悪は問いません、言う必要もありません。ただただ気になっただけなのです。
今は人間の在り方について見直す時期なのではないか、私達の片隅に住み着いている芥川龍之介と少し向かい合う時なのではないかと。はっきりとした不安で、歯車みたいな形のクソ忌々しいウィルスが幻覚となって見えるレベルに悩まされてる私達が、筆を執り想いを綴って一つの大きな本を書くべきなのではないか? それが後世に語られ人々が読めば、私達が嘆く事を少しでも良く出来るのではないか?
ああ、死体のようにベッドに沈む私達を、見えざる芥川龍之介が眺めてる。